なんでこの二人が、キス?
混乱する頭は、普通では考えられないようなスピードでグルグルとまわる。
いや待てよ。この二人は私に振られたんだよな。
振られて傷心中の二人。心に湧いた寂しさ。話すうちに気持ちが通じる。お互いの寂しさを分かち合う。誰かに慰めてもらいたいと思う。できるなら、自分の寂しさを理解してくれる誰かに。やがて求め合う。
イブの夜。薄暗いバルコニー。どちらも魅惑的な男性。冷たい夜風。人肌の温もり。雰囲気バッチリ。Yes!センチメンタルッ!
ストーップ! ストップ、ストップ。
っつーか、なにがYes!だよっ! な・に・がっ!
そもそも何でこの二人がっ!
いやいや、それは偏見だ。幸田さんの場合だってある。この二人が通じ合う事だって。
「そ、そうだよね」
ようやく声が出る。
「そういう事だってあるよね」
うん、そうだよ。このご時勢、誰が引っ付いたってオカシクはない。この二人が想いを寄せ合ったって、別に変な事でもないはずじゃないか。
「うんうん、そうだ」
「おい、美鶴」
なぜだか突然納得したように頷く美鶴。
「お前、ひょっとして非常に大変な誤解をしていないか?」
のそりと腰を浮かせる聡に、一歩下がる美鶴。
「誤解って、別に」
「いや、なんとなく嫌な予感がする。こういう時の俺の勘は当たるんだ」
言うなり立ち上がる。
「お前、今、とてつもなくあり得ない連想ゲームをしてるだろう?」
「そんな事してないよ。私はただ、お前たちの意志は尊重すべきだと思っているだけで」
「僕たちの意思って、何?」
瑠駆真も立ち上がる。
「どんな意思があるっていうワケ?」
「いや、そんなムキにならなくったって」
こういう場合って、やっぱ他人には知られたくないものだよね。当人ですらなかなかその想いを認められないでいるって聞くし。
「あ、あの、あのね、認めたくないという気持ちもわかるよ」
努めて冷静を保とうとする美鶴。
「でも、あの、自分の気持ちには正直になった方がいいのではないかと」
「はぁ?」
「自分の気持ち?」
「何それ?」
「だ、だから、お前たちがどういう関係になろうとも、別に私は構わないし、もちろん学校でそれを言いふらそうだなんてつもりは」
「お前、何言ってんだよっ!」
やっぱり、俺の勘って当たるっ!
「お前やっぱり誤解してるっ!」
飛び掛るようにして腕を伸ばす聡。
「俺と瑠駆真がどんな関係だって言うんだよ」
「だから、どんな経緯でそういう関係になったのかは知らないけれど」
「どういう関係にもなってねぇよっ!」
天を仰ぎながら声を張り上げる。
「今のは事故だ。まったくの事故だ。なんで俺と瑠駆真がそういう関係になるんだよっ!」
「誤解にも限度がある」
瑠駆真も憤然と歩み寄る。
「あり得ない。絶対に、天地がひっくり返ってもあり得ないよ」
「でも、今二人は抱き合ってたワケだし」
「誰が瑠駆真と抱き合うかっ!」
「拳銃を突きつけられて脅されても御免だね」
「今のは100%事故だっ! 履きなれない靴で、そ、そうだっ! こんな靴履かされたからっ!」
聡が右足をグインッとあげる。
「だいたい、なんで室内で土足なんだよ。ここは日本だろうっ! 以前来た時には、ちゃんと玄関で靴を脱いだはずだし、今日だって乗り込んだ時はちゃんと玄関で脱いだはずだぞ」
「だから、それは食事の前に説明したじゃない。海外からの来客があった時とかは、欧米風に土足で持て成す場合もあるって。そういう時には土足用のカーペットを床に敷いて」
「だからって、なんで俺たちまで? 俺たち、正真正銘日本人だぜ」
「今日はクリスマスイブで、西洋のイベントだから」
「っんなの知るかっ!」
あげた足を勢いよく下ろし、床を叩く。
「とにかく、俺と瑠駆真を誤解するなっ!」
「で、でも」
「でもも、スモモもありませんっ! 頼むから二度とそんな恐ろしい誤解はしないでくれっ!」
叫びながら飛びついてくる瑠駆真。
「こらっ! 美鶴に触れるなって言っただろうっ!」
「だったら聡も離れろよっ!」
「二人ともやめてっ。引っ張らないでっ」
「だったら訂正しろ。そして誓え。二度とくだらない誤解はしないと、聖夜の星空に誓ってくれっ!」
「誤解って、だってそれは二人がそういう行動を」
「だからこれは事故だってっ!」
「きゃぁぁぁっ!」
無我夢中で美鶴を捕まえようとする二人。逃げようと反転した美鶴の目の前に。
「こらぁぁ!」
「ひゃぁぁ、い、井芹さん」
「アタシをほったらかしにして、何イチャついてるのよぉ」
「べ、別にほったらかしになんてしてません」
「嘘つけ。今、私を仲間はずれにして追いかけっこをしてたでしょう?」
「いや、違います。これはそんなんじゃなくって」
「いいわよ、いいわよ。どーせアタシなんてオバサンに片足突っ込んだ古臭い女なんだからさ」
「誰もそんな事言ってませんってば」
「どうかしらねぇ」
酒臭い息を漂わせながら絡みつく身体。
「だったら、この酒、飲みなさいよ」
「え、いや、私は未成年なので」
「なによぉ、アタシの酒が飲めないって言うのぉ」
「あの井芹さん、とにかくまず美鶴を放してください」
「あと、この割れたグラスの後始末もしねぇと」
「なぁにゴチャゴチャ言ってるのよ。アタシの酒より大事なワケ?」
「いや、そういうワケでは」
「どーせアタシなんてオバサンでさぁ」
「そんな事言ってませんって」
井芹の絡みに悲鳴をあげる。
ちょっとちょっとちょっとっ! どうしてこういう展開になるのよぉ。
本来なら、もっとお洒落で洗礼されたイブの晩餐会にでもなるはずじゃなかったのか?
身を竦めながら周囲を見渡す。
喚きながら力任せに美鶴を引き寄せようとする聡と、珍しく慌てた表情で美鶴の身体を抱え込もうとする瑠駆真。酒臭い息で絡んでくる井芹。困った顔で宥めようとする木崎。そして、そんな騒動をクスクスと笑いながら見守る、幸田。
笑ってる場合じゃないだろうっ!
怒鳴りたいのにそうできない。
あぁぁんっ! せっかく霞流さんの家でイブを過ごしてるっていうのに、どうして周囲はこんなメンツなのっ!
「どーせアタシなんて、そのうちアラサーとか言われてさぁ」
「え? 井芹さんって、そういう歳?」
突っ込む聡の頭を遠慮なくバシッと叩く瑠駆真。
そこ、突っ込むなっ!
「あらぁ、じゃあボクにはいくつに見えるワケ?」
「え? あ、いやぁ」
「なぁにぃ? 返答によってはねぇ」
「え、あ、はははははぁ」
「なによぉ、答えられないのぉ?」
「井芹さん、そんな事より、ほら、早く部屋に戻らないと風邪引きますよ」
「いいのよいいのよ、どうせアタシなんてさぁ」
「井芹さん、ほら、私も一緒に戻りますから」
って、なんで私、イブの夜に年上の女性を宥めてるわけぇ?
「じゃあ、この酒飲みなさいっ!」
「だからぁ、どうしてそうなるんですかぁぁぁ!」
大声をあげて問いかけても、夜空が答えてくれるはずもないのであった。
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